私にとってのジュエリー&アクセサリーとはどういうものか?を、自分自身を振り返りながら書いたもので、
2011.07のブログ記事をそのまま載せております。
ジュエリーやアクセサリーは、もともとは 護符(アミュレットやタリスマン)、つまり、
身につけるお守りや魔よけ というのが、そのはじまりです。
自分を守り、強めてくれるものとして、あるいはそうした祈りをカタチに込めながらつくられてきました。
現代では素材もデザインもじつにさまざまですし、また特にファッション性が重要視されているようにみえますが、
身につけることで落ち着く、安心する、励まされる、パワーをもらえる、というふうに感じたり、
何かしらの《お守り的な要素》 も、意識するしないは別にして、今でも少なからず残っていると思います。
小さい頃を振り返ってみると、
ワタシの場合、アクセサリーをつけるときというのはたいていどこかに出かける時で、
母親がこれをつけましょうね、という感じで身につけてくれました。
そのおおくは、お花や動物の形のペンダントだったと思います。
そして、なぜかはわかりませんが、
ワタシにとってはそれらは特別なときにつけるきれいな“お守り” という感じがして、身につけることで
『大丈夫、守られている』
という感覚がいつもあったことを覚えています。
今思うと、おそらくこの感覚がジュエリーやアクセサリーに対しての自分の原点になっているように感じます。
内弁慶でとても人見知りをする子供でしたので、いつも自分を守ってくれるものを求めていたのかもしれません。
中学時代から、どこかに出かけるときは(学校以外で)いつも何かしらのアクセサリーをつけているのが常で、
つけていないと、服の一部を身につけていないような感じでなんだか落ち着かず、これは今でも変わりません。
後に、エネルギーヒーリングを学ぶ中で、
とりわけ、石(クリスタル)※に魅かれ、彼らとのつながりを感じるとともに、
ほぼ同じ頃、
あるデザイナーの方の天然石ジュエリーと出会い、とても衝撃を受けたりと、
不思議と石(クリスタル)に関連した出来事が連続する時期がありました。
私がどこがで探していた世界に通じる扉が、次々と目の前に現れてくる、という感じです。
そうした中で、手のリハビリも兼ねて本当にちょっとずつちょっとずつ、石のアクセサリーをつくりはじめるようになりました。
その後、ヒーリングや制作の日々を過ごすうちに、個々の石たちがみせてくれる豊かな世界を知り、
石に秘められているヒーリングの力を少しずつ体感してきましたが、
彼らの世界は実にパワフル
もういらなくなったエネルギーを手放したり、あるいは、その時に必要なエネルギーをとり入れられるようにサポートしてくれる、いわば頼もしい助っ人のような存在で、
石(クリスタル)のジュエリーやアクセサリーは”お守り”とも、また大切な” ヒーリングツール ”ともなっています。
ワタシにとってのジュエリーやアクセサリーは
自分らしさの表現であるほか、
自分のバランスをとるためにその時々にあわせて使ういわば 《処方箋》 といった側面があって、
それを
” 自分にかける魔法 ”
と呼ぶのがお気に入りです。
石にはそれぞれ個性があり、またなにかしらのヒーリングパワーを備えていることも少なくありません。
(私はこれを、石のエッセンス=エネルギー特性と呼んでますが)
制作にあたっては、そうした石の個性やエッセンス (エネルギー特性)を生かすように、そして併せて、
ジュエリーのもつ装飾性という要素も大切にしながら、1つひとつの素材とパーツにこだわってつくっています。
さいごに
「ものつくり」に関して付け加えるなら、
これまでの作品は “はじめに石ありき” で、主に石にインスパイアされてそうこうするうちに出来上がっていった、というものが殆どでしたが、
最近は変化しつつあり、
何かのテーマをもとにしたり、心象風景を紡ぐようにつくることも増えてきました。
いずれにせよ、制作のプロセスがどのような形であっても、石との交流 (遊び) の中で、手繰るように進んでいくその過程は、
どこにいくのかわからない
何がでてくるかわからない
そういう感じ。
ワンダーランドさながらの世界というか、いつも驚きの連続です。
…と、
いろいろお話させていただきましたが、これらはすべてあくまでも ワタシ個人の捉え方、感じ方。
石、そしてジュエリーやアクセサリーに対する感じ方、考え方は人それぞれですので、作品につきましてもおのおのが感じるままに自由に楽しんでいただきたいと思っています。
もちろん、 “自分にかける魔法” としてもどうぞ。
クリスタルたちとの世界を少し身近に感じていただけましたら、とてもうれしく思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
※文中の「石」「クリスタル」「天然石」はいずれも同じ意味で使っています。